2026/06/13 14:39
今日は6月13日土曜日。また晴れている。夕立が降るような、夏の始まりのような、そんな気候が続いている。
松本が梅雨入りしていたことを知ったのは5日ほど経ってからだった。農家さんの手伝いをするようになって3年目。雨を待ち望む人たちがいることを知ってしまうと、晴れも雨も曇りもみんながヒーローなのだと感じてくる。
6月1日、無事に個展を終えた。
2週間が経とうとしているこのタイミングで一度ここに記録を残そうと思った。
ー2本の飛行機雲(撮影: soudai arisaka)個展の準備を始めたのは2月末頃。何を描くのかが全くピンときていなかった。感情を爆発させるような表現の仕方はあまり展示前にはやらないので、何か"とっかかり"になるイメージを望んでいた。まずは画材屋へ行った。あれこれ聞きながら試しながら気に入ったペンを1本購入した。次は紙。色々触った。結局2つのサイズの無地冊子を買った。
3月は毎日絵を描いた。1日に1〜2枚絵を描いた。あまり考え込まずに自分の手に任せて。自然と出てくるモチーフを探っていたのだと思う。購入したペンは黒色。紙は白色。白黒の世界はカタチに視線を向けてくれる。大小40枚ほどのドローイング。見返すと面白かった。自分の"線の運ばせ方の癖"や"自然と描いてしまうモチーフ"があることに気づいた。

ードローイングを終え、個展に向けた作品の制作へ
4月に入り本格的に個展に向けた制作を始めた。3月の流れのまま、線画でモノクロの世界に向き合ってみようと決めた。個展のテーマもおのずと決まっていた。「感覚的なもの(sense)」と「線」を題材にした。画材屋へ足の伸ばしペンを買い足した。初めて0.03mmの細さを味わった。よかった。基本的には0.1mmと0.3mmを使用した。
在廊時によく聞かれる質問があった。「描いているときは何を考えているの?」と。初めて聞かれた時に素直に「何も考えていないかもしれないです。」とお答えしたと思う。今思い返してもその通りなのだと感じる。”何も考えていない”というよりかは”瞑想的な何か”に近いのかもしれないとも思う。ただ紙の上にある線に応えるようにして新しい線を描いていく。その連続だった。でもやはり3月の時のように、自然と現れてくるモチーフはそこにはあった。

ー”扉や窓”、”顔や身体の一部”、”縞模様”など

ー横顔の輪郭が浮かび上がってくる(題名「浮世」)
今回の個展では計21枚の絵を展示した。加えて、作品に呼応するような立体作品やアートピースを随所にレイアウトした。絵は4種類。ドローイング。紙に描き白額に収めた作品。キャンバスに描いた作品。物をトレースした作品。 見せ方や手法は異なるが一貫して作品を展開することができたと感じる。例えば、「浮世」という作品は人間の横顔を想像しながら描いた。左を向いている人。上部は頭の中。”思考のめぐり”を線を用いて表現した。この思考の巡りを抽出して制作したのがキャンバスの作品群「宙」と「森」のシリーズになる。ペンを持ち真っ白な紙やキャンバスに向き合う。線を引くと次の線が引ける。ひとつ作品が出来上がると次の作品へと繋がっていく。そうやって線を”紡いでいく”。制作を通して新しい発見や次への展開の可能性と出会っていけることはとても素敵なことだと、今思い返しながら感じている。

ーキャンバスの作品群「宙」と「森」のシリーズ

ー絵との距離や天地によって異なる見え方が立ち上がる(題名「紡ぐ1」)
作品にはサインを書き込まなかった。天地が定まってしまうから。すべての作品はテーブルの上で描いた。時折立ち上がってテーブルをぐるっと回って観察した。そしてひっくり返してまた描き始める。描き進めていた途中で視点の変化を加えると今まで見えてこなかったものが見えてきたりする。”偶然の発見”というものにワクワクするのは人間的だと思う。そうやって描き続けていくことで、自分のコントロールからあえて遠ざけていた気もしている。作品をインストールする時の”今”の天地で作品は飾った。その時の自分の感覚で絵の向きを変えてみてほしい。絵との距離でも見えてくるものが変わってくる。絵を鑑賞することの楽しみ方は色々あるのだなと思った。

ー自由に物を並べたその先に絵が生まれた

ー物をトレースした作品群「コンポジション」シリーズ
日常を過ごすなかで得られるアイデア。好奇心をもって。頭の中のフィルターを通して生まれる感覚。創造性。わたしの中のセンス。断片的な情報。点から線へ。感覚的な何かをわたしのなかの線を通して。
文章/soudai arisaka

